コミュニケーション力のアップ


ソーシャルスキルトレーニング(SST)とは、人が社会で生きていくうえで必要な技術を習得するための訓練のことです。

人は生まれてからたくさんの人と出会います。その関わりの中で無意識的に、「してはいけないこと」、「した方がいいこと」などの暗黙のルールを身につけていくのです。ところが発達障がいのある場合などは、それらをスムーズに身につけられないケースがあります。

たとえば、「ゲームのルールが守れない」というのも一つの例でしょう。「周りの人がこうしているから自分もこうしよう」と自然に判断できたり、「ルールは守らなければいけない」と注意をされてすぐに改善できるようであれば、SSTは必要ありません。その集団内での行動の善し悪しを周りの様子から推察したり判断することが苦手で、注意をされてもなお同じことを繰り返してしまう場合においてSSTは有効な改善手段となりうるのです。

SSTでは、ゲームのルールが守れるようになるという目標に対して
「ゲームは負けることもあるということを知る」
「負けても楽しいという感覚を身につける」
「悔しくても自分の感情をコントロールする」
といった小さなステップを作ります。

その一つひとつの過程を丁寧に踏み、ゆっくりと社会性を身につけさせていくのがSSTなのです。


あいさつをする
あいさつは、人とのコミュニケーションには欠かせないものです。ところが子どもの中にはどこでどのようにあいさつをすればよいかが分からなかったり、あいさつの言葉を口に出すのが恥ずかしかったりと、さまざまな理由からあいさつができない子どもがいます。
適切なタイミングで適切なあいさつの言葉を発することができるようになるためには、「大人が積極的にあいさつをする」こと、「あいさつを強要しないように気をつけること」が大切です。「あいさつをすることは気持ちがよいこと」「相手の気持ちが嬉しくなること」ということを子どもが肌で感じられるような環境を作っていきます。

順番を守る
施設の遊具に乗るとき、バスに乗るとき、お店に並ぶときなどに、つい並んでいる人の間に入ってしまったり、「一番」じゃないといやだと駄々をこねてしまったりする子どもがいます。
一番であろうとすること自体は決して悪いことではありません。
しかし順番を守ることができないと、そこからけんかに発展してしまったり、相手から嫌な印象を持たれてしまったりとトラブルになってしまう可能性があります。
そうならないために指導員は、「日頃から自分が順番を守り、その姿を子どもに見せる」、「子どもが順番を守れたときに褒める」、「一番じゃなくても大丈夫だということを伝える」など、手本を見せていきます。
順番を守れなかったからといって叱るのではなく、自然に順番を守れるようになるために日々の生活から習慣を身につけていくことが重要です。

ほめる
社会性を身につけている大人から見ると、社会のルールに従うことのできていない子どもの行動は目につくものとしてとらえられるかもしれません。しかし、子どもにとって叱られたり注意をされたりすることは嬉しいことではありません。それどころか、叱るという行為は社会性を鍛えるのに逆効果の場合もあるのです。
できないことを叱るのではなく、できたことを認めて褒めるということが子どもが楽しみながら自然に社会性を身につけていくのに重要なポイントです。

ゲーム
ゲームには「ルールを守る」「勝ち負けの結果を受け止める」「仲間と相談や協力をする」などの多くのソーシャルスキルの要素が含まれています。子どもが楽しみながら社会性を身につけることができるのでとても有効な手段です。指導の担当者は、それぞれの子どもにとって何が目標なのかを常に意識しながらゲームを進めていくことが重要となります。

ロールプレイ
どんな場面でどんな振る舞いをすればいいのかということを、指導担当者や子ども同士が実際に演技したり、人形を用いて演じることで、実際の場面での適切な振る舞いを学んでいきます。対象となる子どもにとって、現在課題となっている言動や場面を、多少アレンジしながら行うのがより効果的です。

共同行動
工作、調理など、「何かを作って遊ぶ」「何かを作って食べる」といった楽しいゴールに向かう過程で、ほかの人との相談、役割分担、助け合いといった、社会生活に必要なスキルを学んでいきます。

ワークシート、絵カード、ソーシャルストーリー
ワークシート、絵カード、「ソーシャル・ストーリー」などを用いることで現在の子どもの課題になっている言動を、意識化していくこともSSTの方法の一つです。ソーシャル・ストーリーとは、絵と、その絵が表す出来事が短い文章として書かれたテキストで、その文章を子ども自身が読むことで(文字の読めない小さい子どもの場合は大人が読んであげることで)、その場面での振る舞いを学べるというものです。

相手の気持ちを察する
子どもの中には、相手の気持ちを理解することが苦手な子どもがいます。相手の表情から気持ちを読み取ることが苦手だったり、共感するということが苦手だったりと理由はさまざまですが、時にはそれが人とのかかわりにおいてネガティブに働いてしまうことがあります。
そんな子どもがうまく相手の気持ちを読み取れるようになるために、多くのSSTの方法が考えられています。たとえばゲームを用いたもの、ロールプレイを用いたもの、絵カードを用いたものなどです。
「嫌なことをされたとき自分はどう思うか、その嫌なことを実際にされている相手はどんな気持ちか」を考えたり、今相手が考えていることを意識的に想像したりする訓練をすることで、実際の生活でも自然と相手の気持ちを理解できるようにサポートをします。

会話をする
上記に挙げたように、相手の気持ちを理解することが難しい場合などは、相手を傷つける言葉を言ってしまったり、相手にとって興味のない話をひたすら話し続けてしまったりという言動につながってしまうことがあります。
相手の気持ちをくみ取り、適切な話題・話す時間・使う言葉を選んで進めていく会話は、多くのステップを含んだソーシャルスキルなのです。
多くの要素を含む会話だからこそ、その訓練は「決められた質問(自分の名前など)に答える練習をする」というものから「「シナリオに従って言葉のキャッチボールの練習をする」というもの、「おしゃべりタイムを設けて振り返りを行う」というものなど多岐にわたります。


発達障がいの子どもは、生まれてから育っていく中で自ら周りの人を観察して、社会性を身につけていくのが苦手です。そのため、一般的に当たり前だと思われる会話や行動・思考が自然にできないケースが多く見られます。

同時に、その子がそれまで積み上げてきた「当たり前」も存在します。
その当たり前を変えるのには長い時間と、多くの小さなステップを踏まなければなりません。長い目で物事をとらえ、ゆっくりと成長を見守っていく姿勢が必要です。

SST全体において言えるのは、一つの目標に対して多くのステップを作り、あせらずに一歩一歩進んでいくことが大切だということです。